善き物語は本当に人生を救うと思う

どうも、エミです。

 

人間にとって物語の持つ力は絶対に有効だよね、と思います。

 

特定宗教への信仰然り。

自己啓発本だって、その中に必ずだれかの素敵な物語がある。

小説を読む時間なんて無駄だと言う人もいるけれど、

そう言う人に限って巧妙に隠された誰かの物語に心酔していたりする。

 

 

ここで問題になるのは、それが善き物語なのか悪しき物語なのかということに尽きる。

 

善き物語のみが、人生を救うことができる。

 

 

そして、それが善きものであるか悪しきものであるかどうやって判断するのか。

 

 

 

それが簡単なようでいて、とても難しい。

 

だからこそ、世の中が常に混乱している。

 

 

わたしは、人間にとっての完全な善や悪は存在しないと思っている。

 

 

 

だからできる限りたくさんの物語と出会うことで、

そこに内包されているものが何のかを自分の頭で一生懸命考えて、

それをサンプルとして社会と照らし合わせて、

 

 

善というものがいったい何のかを考える。

 

 

 

そして、善き物語をたくさんたくさん集めたいと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

人生は短いし、生涯に読める本は限られている

どうも、エミです。

 

 

歳を重ねるごとに、

「人生ってやっぱり短いのかも」と感じます。

 

 

無駄なこと

 

については皆さんそれぞれ意見をお持ちだと思います。

が、時間=命を毎日削って生きているわけなので

わたしなんかはできれば有益に使いたいな、と考えてしまいます。

 

 

で、読める本の数も限られていると。

 

自分の思想を根底から覆す、

深い感動に動けなくなるほどの、

あまりに美しくて悲しくなるような、

未来を輝かすような、

胸を熱くするような、

何度もなんども読み返してしまうような、

 

そんな素敵な物語との出会いが、ひとつでも多い方がいい。

たくさん出会って心を揺さぶられたい。

 

 

と、心から思うのです。

 

 

そのためにはまず、自分を知ること。

自分の好みを知り、自信を持つこと。

 

そして、本に対して疑問を持つこと。

新しい興味を持つこと。

素直になること。

怖がらずに好きだということ。嫌いだと言うこと。

 

 

そうやって少しずつ物語に心を開いていけば、そこには必ず黄金の果実があります。

 

食べたらやみつき間違いなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが面白いと思う本を君は本当に面白いと思うか

どうも、エミです。

 

読書は本当に不思議な経験だなあと思います。

すごく個人的な行為なのに、共感が間を取り持っている。

変なのー。

 

 

そして本の好みがかなり偏っているわたしは、なんちゃら大賞などを参考にしません。

学びました。

みんなが大好きだからといって自分が好きとは限らないのよね。

分母が大きければ大きいほど参考にならない。

あ、村上春樹だけは謎の現象だと思っています。

わたし初期から好き派だけど、あれって買った人みんなちゃんと読んでるのかな。

いわゆる普通のエンタメとしては読めないよね?

どうなんだろー。

 

 

ええと、何が言いたいかというと、

自分の好みに正直になった方が読書は面白いということ。

つまんなときは胸を張ってつまんないと言えばいい。

好きな本はとことん読めばいい。

 

実は、読んだ方が良い本なんて本当に限られる。

若いうちに読んじゃった方がいい本はそれなりにあると思うけど、

読み進めるのがあまりに苦痛ならそれは時期じゃないか合わないかのどちらかなんだから、

放り出してしまいなさい。

他に必要としてる本なんて探せばいくらでもあるんだから、

読むべき本という洗脳に惑わされないで、

心に染み渡る自分の大切な本を探しましょ。

 

 

 

 

 

 

小説は無理に読まなくていいと思う件

どうも、エミです。

 

「本、読みたいと思ってるんだけどなかなか時間が取れなくてね」

 

 

本好きの方は耳にしたことありますよね?

ほんと良く聞くセリフですが、これ、考え方としては普通の優先順位と同じで、

 

なら今必要ないんじゃないのかな

 

と思うのです。

 

特に小説なんてもともとまどろっこしくできているモノだし、

読むのに時間かかるし、

消化吸収するのにもっと時間かかるし、

わかりやすい簡単なことばでまとめられるようなモノではないし、

明確に明日の自分に役立つノウハウなんて書いてないしね。

 

 

必要な人に必要な時、必要なモノなのです。

 

だから、物語を無理矢理に読んだところでただの時間の無駄にしかならないのではないか

と不安になるのです。

 

何か別の方法で埋め合わせたほうがいい。

 

 

必要ならば、きっといつかちゃんと出会うはずだと思うのです。

 

 

だから、無理しないで機会を待ちましょう。

 

 

物語は、いつもそこにあるものです。

逃げたりしないから大丈夫。

 

 

 

 

 

 

自己主張とは

自分の気持ちを言葉にして、

できるだけ正確に伝えるのは難しい。

思いが強過ぎると威圧感や圧迫感になり、

それが上手く伝わらないと、どんどんエスカレートして居丈高になる。

 

正しいことがいつも正しいとは限らない。

 

自分の視野がいつの間にか狭くなっていることに気が付かない。

 

経験が、傷つくことを避けようと働く。

 

そして結果、大切な人を傷つける。

 

 

それでも諦めることはできない。

自分を諦めることはできない。

 

 

人生は終わるまでわたしのものだから。

 

 

 

 

好きなことって何だろう

小説家は、文章を書くことが好きだと言う。

好きで好きでたまらない。中毒だからこそ続けることができると言う。

 

わたしにはあるだろうか。

中毒。

わたしも活字は好きだ。でも、読むことが好きなだけ。

それはただのインプットで、とても個人的なもの。

考えることも好きだ。

いつも何かしらのことを、割と真面目にある程度真剣に考えている。

でもこれも、個人的で内的なもの。

 

好きで好きで中毒で、

放っておいても勝手にやり続けることで、

無人島においても手放すことのできないほどのモノ。

 

何だろう。

わたしにあるのかな。

 

 

うーーん、困ったな。

 

 

 

 

 

知、感、覚。

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最近よく、自分の軸について考えます。

今自分にとって大切だと思う基準はどこにあるんだろう。

 

寒いのが苦手なので、冬は暖かい部屋で静かに本を読んでいるのが一番幸せ。

没頭し、場所や時間を超越し、その思索の延長で、まとまったりまとまらなかったりする思いがふわふわと部屋中に漂うのです。

 

 

選択の自由

豊かな経験値

バランス感覚

 

うーん、この辺ですかね。

特に経験値に関しては重要視しています。

知識として蓄える

感情を大きく動かす

体で覚える

リアルでもバーチャルでも構わないんですが、

これらの、「知る」「感じる」「覚える」豊かな経験は、人生を大きく動かす力です。

 

 

 

みんなで考える葦になりたい。

きっと必要なのは正解ではなくて、多様性だから。